出来の悪いドキュメンタリーだなあ。
原稿用紙3行分くらいの内容しかないじゃん。
主語述語が滅茶苦茶で、何が言いたいのかもよく理解らない。
画もそう珍しいモノはない。
ランバートとスタンプが、具体的に何をしたのか一切描かれない。ただの優秀なビジネスマンじゃん。
結局WHOやジミヘンが出てきた時だけアガるが、いくらなんでも物足りない。
ピートがアツく、ジョンを天才呼ばわりしてるところだけ、胸がアツくなった。
兎にも角にも、編集がヘタクソすぎるよアニベー。
意思の疎通がどの程度から始まって、どの程度で終着したのかも判らん。
トラックがどこを走っているのか、どう走っているのか、どれくらい走っているのかも判らん。
途中全く、理解不能意味不明のシークエンスが挟み込まれる。オマエは大学生か。
お話の無理矢理さも演出の稚拙さも許容範囲外。
同ポジでのジャンプカット多用してたけど、マジでどういうつもりなのかしら?
匿名で映画祭出展して酷評されたまえ。まずそこからだ!
金持ちの余興以上のモノは感じませんでした。
『二階堂ふみでなければなあ・・・』と、生粋の二階堂ふみ嫌いなので溜息を吐きながら観た。
相変わらずコメディエンヌできてないし、大声張り上げる演技は見てられないしで。
いい映画にはなるんだろうけど、想像以上には仕上がらない女優さんなんだよなあ・・・(ちなみに、コレの男性版は池松壮亮)。
特筆すべきは山田望叶たん。
この歳にして既に眼力強すぎて、メガネがよく似合う。
間も良い。たぶん天才。
カメオ渋し。
『あら、沖田修一?』と思ってたら、ホントに沖田修一だった。
「指あるくない?」な板尾創路や、指の先までカチカチな乳児など、さり気なくわざとらしく 悔しいけれど笑ってしまった。
まず、質感が受けつけない。
お話にも全く惹きこまれず。
誰がどうなろうが心底どうでもよかった。
ダンカン・ジョーンズが、こんなにつまらない映画撮るとは。
仕事臭しかしない。
失望しかない。
変な映画。
こういう映画はもちろんあっていいけど、本意気の阪本順治にお鉢が回ってきたのが喜ばしい。
相当変な映画になっちゃった。
昨日観た「森山中教習所」で出来てない事が、全部出来ている。
嘘のつき方、本当の織り交ぜ方。映画を殺さない綱渡り演出。お見事でございます。
次は是非「ギャラクシー街道」作り直してやって下さい。
ナメてるよな〜
世の中の全てをバカにしてなければ、ここまでおバカな映画は作れないだろう。
教習所もヤクザも大学生もオトコトオンナも家族も、全然本当っぽくない。
監督に、"どの目線で見てもらいたいか?"という信念が一切ない。
リアリティラインの水準がどこにあるのか理解らない。
不死身の主人公がいる世界のお話? ヤクザが優しい世界のお話? 教習所の教官が、安全運転を全く心がけない生徒に簡単に合格を与える世界のお話?
それらのおかげで笑えたり泣けたりできるのならいいけど、不快にしかならなかった。
『ヤクザがやけに貧乏な車のってんな・・・』と早々から違和感あったけど、やっぱり壊すからなのね。とか、映画の都合が画に見えすぎる。
つまりクソチープ。
唯一岸井ゆきのたんが良かった。
ブサカワを撮って、ブサイクに振れなかった部分だけ褒めてつかわす。
『こんなブサイクばかりで、観ていられるのか?』と不安になったが、ホントだんだんみんな格好良く 美しくなっていった。
これは相米マジックではないか。
曲はいいのもあったが、最後の2曲が駄曲なのがイタい。
バラードは若気の至りで済むけどさあ・・・
一番盛り上がるべきところで、(号泣準備してたのに)ズッコケたわよ。
もちろん色々泣けたけど、あの終わり方はちょっと嫌い。
なにか足りない。
オマエはいいけど、仲間これから大変だろー。
異国のポリティカルものってことで、全く興味を惹かれなかった。
オレが悪い。
それなりに、よくできていたと思う。
非常にナウいし。
ヒトラーが、ユーロに全く反応しなかったのは不思議だった。
まぁ面白かった。
でも、関西弁ヘタクソだわー。
カット割りも適当だわー。
演者任せだわー。
オチという概念が理解ってないわー。
池松壮亮って、個人的に全く評価できないのよねー。
顔とか佇まいとか好きなんだけど、深みが全然感じられないというか・・・
器用さだけでやってるイメージ。
勉強できる役をしても、イケメン役をしても、池松壮亮以上には見えない。
『あ、コイツアタマいいわー』『コイツモテそうだわー』と思えない。それなりにしか見えない。
MOZUの女装も酷かったしな。
フォーマットとして、テレビの方が向いてるだろ。
コレを劇場で流すのは(客から1,800円とるのは)甘えだわ。
なにはともあれ、森達也の"信じる力"凄い。
先月集中的に観た、平野勝之とは真逆からのアプローチ。
被写体をポジティブに、それでいて熱量は限りなくゼロで撮る。
オレも映像ディレクターの端くれだったので、この映画の着地点は理解っていた。
どう考えてもそれしかないと。
難しいことではなくて、100人ディレクターがいたら100人そう考える。
しかし、それを佐村河内守に了承させられる人間が何人いるだろう。
しかも森達也は森達也で、作りたいモノを作っているという。
佐村河内守はただの素材でしかないという。
そう。これは森達也の「型」なのだ。
自然と家族(ネコ含む)が集まってきた、あのシーンは泣いてしまった。
『ドキュメンタリーの神様っているんだな』って。あそこ演出していたら(例えば、見えない所に餌を置いて猫を誘導していたり)、それはもう悪魔の所業。